タイトルは東海岸の旅ですが、ここからは台湾西部に入っています。

屏東の駅前にあった廟

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お賽銭箱。良く見ると金庫にお金の投入口を開けてお賽銭箱にしていますね。なかなか現実的です。台湾の神様は。

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美濃に着きました。最初は朝ごはん。名物の板条です。

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美濃は客家の村。名物の板条は日本のキシメンのようでした。ツルツルと美味しい。

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レンタサイクルで適当に走り回りました。

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日本時代に建てられた橋でした。

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「美味しくなければお代は頂きません」の看板

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客家料理の代表的な「客家小炒」を頼む。かなり美味しい。

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台北の客家レストランで見たことの無いメニュー。キャベツの煮込み。これまたとても美味しい。

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さてさて、次の目的地にバスで移動

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旗山。その昔は多くの日本人も暮らしていたらしい。

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当時は鉄道の駅もあったようです。

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古い商店街。造りが凝っています。

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名物、バナナアイス

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日本時代から続く小学校

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暑くて登りませんでしたが、この雰囲気は、その昔神社だったに違いまりません。

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日本時代から続く小学校の一角に博物館あり。旗山はやはり日本時代に発展した町ですね。

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そして台湾で旗山と言えば「バナナ」の町です。

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インフラも日本時代に整備されています

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その昔、中心街は山下通りと呼ばれていたようです。

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日本時代の小学校はローマ様式の重厚な建物だったようです。小学生のダンスも何とも前衛的な感じで新鮮ですね。

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終戦後の農協の建物は、戦前は日本時代の旗山信用利用組合だったそうです。

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日本時代には製糖業が盛んでした。

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戦前・戦後と旗山はバナナを日本に輸出することで、大変栄えたようです。

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1960年代は旗山の第二次黄金時代だったようです。バナナで景気が良いので飲み屋、喫茶店、ビリヤードが町中にあり賑やかだったようです。バナナの汁が着いた作業着で飲み屋に通う人もおり、バナナの汁で服が汚れている方がオネーサンに人気があったそうな。

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旗山の農協の貯金は当時台湾一だったそうです。

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1970年代からバナナ産業が衰退したようです。

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バナナも色んな種類があります。
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ベンチまでバナナ

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日本時代の表彰状ですね。

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日本時代からの建物。旗山農協

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さてこれからバスで台南に向かいます

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台南駅。

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これから列車で友人の住む麻豆に向かいます。

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麻豆には鉄道の駅が無いので最寄の駅で降りる。

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夕食は田ウナギ炒め

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