私が安通温泉に泊まった理由は、ここが日本時代に建てられた温泉だったからなんです。そして敷地の片隅には、当時の建屋が保存されています。台湾のニュースで読んでから、一度来たかった場所なんです。

http://higashi2005.dreamlog.jp/archives/51525564.html

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温泉は昭和5年に建設されました。

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温泉自体は明治29年に発見され、地名が安通と命名されたのは大正6年だったそうです。

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このタイルと水道の蛇口の感じが正に昭和です。

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朝食です。

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ホテルをチェックアウト。

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ホテルの目の前のバス停から太平洋側に抜けるバスが出ているとの情報をホテルフロントから聞いていたので、今日は東海岸を南下することにした。

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1分と違わずに正確にバスが来たので逆に驚いた。

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太平洋が見えた。

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バスは成功行きだった。但し手前に三仙台という名勝があったので途中下車。

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再び、成功行きのバスを待つ。

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結局待つこと1時間半でした。ま 当てない行き当たりばっ旅なのでノープロブレムです。

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成功到着。早速漁港に向かう。

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目的はコレ。成功と言えばカジキ。

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漁港で刺身とご飯。最高です。

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漁を終えた漁船が帰ってきた。俄かに漁港が活気づく。

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サメだ。

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大きすぎて計量も大変そう・・・

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シイラ

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マンボウ

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漁港のそばの廟は何とカジキを祭ってありました。流石です。

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市場

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市場近くの食堂に入る

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初マンボウ。非常に弾力ある食感はスペシャルでした。悪くないけど、また食べたいというほどでも無い。

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カジキの団子スープ。台北なんかで食べる魚のスリ身団子なんかより数倍美味しい。

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お店に貼ってあった地図で情報収集。どもども成功は日本から漁民を募って発展した漁港らしい。菅宮さんは成功(当時は新港と呼ばれた)の役所の長を10年務め、退官後も成功を離れる事無く家を建てて住み着いたらしい。そして遺言で遺骨も成功に眠っています。彼の家が現在は教会になっているらしい。


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ここが菅宮さんの家があった場所。全く面影は無いが、少し座って雰囲気を感じてみる。

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成功から台東に向かうバスに乗る

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台東では30年前に自転車で来た時と同じホテルに泊まる。当時のご主人は亡くなられており、今は息子さんが経営。当時のご主人は日本語世代なので日本語ペラペラでした。夕食に一緒に行きましょうと言われ、私は「すでに夕食は摂りました。ありがとうございます」と嘘をつきました。翌朝は暗いうちにホテルを出ましたが、フロントに達筆な日本語で台東の街の抜け方の地図と解説が書かれており、最後に「旅のご安全をお祈りしております」と書かれてありました。ご主人を疑った自分自身が非常に恥ずかしかった記憶あり。

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晩ごはん。最初は米苔目。日本のウドンに似ています。

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その昔、大きな木の下で営業していたお店なんです。今は引越ししていますが、今でも店の名前は同じです。

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鰹節の味がきいていて美味しいです。

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主人の若い頃の写真

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おやすみなさい

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