朝ご飯は50のお店の「阿松割包」

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価格表には「1セット2個で70元」と書いてあったので、2個食べる覚悟で頼んだのですが、主人は「1セットですか、1個ですか?」と確認してきたので、「えっ、1個で良いなら1個でお願いします」となりました。価格も35元と丁度半額でした。ここも有名店ですが、お店の人は丁寧だし、いい感じでした。

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長崎の角煮まんじゅうみたい。ゴマのソースが美味しい。つけものも食感のアクセントとなり悪くない。

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この後は台湾人の友人と合流。私一人では、歩いて行きにくい遠い店に連れて行ってもらう。50のお店の「京華虱目魚」


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昔の銭湯のようなタイル張りのカウンターは素敵です。朝から胸がときめいた。

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サバヒのお粥。サバヒが生臭くないので美味しい。身がタップリと入っていて嬉しい。

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お粥、小皿、頭と食べて80元。 凄く良心的な価格です。私が嬉々として食べていたら、お店のオバサンは、追加のスープや魚の身を、どんどん盛ってくれる優しさです。

隣で食べていたオッチャンは、「俺のも写真に撮れば?」と言ってくれたので、ありがたく写真撮影しました。

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「どこへ行きたい。遠慮せずに行ってくれ」と言われるので、私も全く遠慮せず、「塩水に行きたい」と答える。

「OK了!!!!  GO!」ということで、塩水に向かいました。


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普通は塩水と言えば、台湾でも一番クレージーなお祭りである「鹽水蜂炮(ロケット花火祭り)」で有名です。お祭り以外は静かな田舎町なので、今回はその静かな町を見に行きました。




こうやってみると本当にクレージーです。何やってるのでしょうか。この人達・・・




塩水に着きました。途中で、色んな人に道を聞きながら来ましたが、皆さん大変親切に教えてくれました。あるオバサンなんて、「私について来なさい」とバイクで先導してくれました。

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(Wikipediaの塩水の説明)

塩水区は台湾でも最も初期に開発された地区の一つである。鄭芝龍顔思斉が台湾を拠点とした際には既に漢人による入植が進み、八掌渓には河港が設けられ物資の集散地として繁栄していた。当時の地形は川沿いに彎曲しており、形状が月に似ていたことから「月津」、「月港」とも称し、また満潮時には海水が港内まで達したことから「塩水港」とも称された。当時の繁栄は「一府(台南市)、二鹿(鹿港鎮)、三艋舺(万華区)、四月津(塩水区)」と謳われるほど栄えていた。

日本統治時代、日本政府は縦貫線の建設を推進し、塩水にも駅が設置される予定であったが、地元より鉄道が「斬断地龍」すると風水に起因した反対運動が発生し、また日本人も塩水地区では発達していた水運の利用を考慮し、塩水鎮、新営白河の中から新営を経由する路線が選択されたとされる。

鉄道輸送から外れた塩水の経済的な発展は停滞し、その後は新営から塩水を経由して布袋への官営鉄道の支線建設が計画されたが実現せず、結局は軽便鉄道台湾糖業鉄道)だけで新営と連結された(塩水駅を参照)。しかし幹線鉄道の物流経路から外れた塩水が昔日の繁栄を取り戻すことはなかった。

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長くはないですが、ここにも老街と言われる通りが残されていました。

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塩水で一番有名な「阿三意麺」を食べに行く。

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阿三意麺の店員さんは、「うちが阿三ですよ。隣は違いますよ」と大きな声で呼び込みをしていました。隣のお店の店員さんもいるので、あからさまなのには驚きました。

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ま、そういいながらもマズマズ美味しい麺でした。

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違う麺も食べてみた。

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ここは1945年に出来た永成戲院。戦前の日本統治時代は映画館ではなく、精米工場だったものを、映画館として建て直されたものらしい。IMGP0396

残念ながら、この日は閉まっており、中には入れませんでした。

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次は八角楼に向かう。

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(Wikipedia)

鹽水八角樓建於清道光二十七年(1847年),是鹽水糖郊富商葉開鴻與其長子葉瑞西等人聘請唐山師傅來臺耗時十年才完工,建材則是來自中國大陸的福州杉、磚瓦與石條。最初是一間兼作葉連成商號辦公處的三進大廈,北側還建有茶房,屋後則有花園。

1895年乙未戰爭時,日本伏見宮貞愛親王率領混成第4旅團約15000多名日軍於10月10日登陸嘉義布袋口,與林德謙所率領的一營約500名黑旗軍及麻豆談少宗所率之300多人發生戰鬥,此時鹽水港街(鹽水之舊稱)則在葉瑞西與鄉紳翁煌南的率領下支援3000名義勇,但後來臺灣義勇不敵日軍而潰敗,談少宗敗走,而翁煌南與葉瑞西則先後請降。10月12日時日軍攻入鹽水港後,伏見宮貞愛親王將八角樓作為下榻處與指揮所直到10月18日為止。日治後期,葉家宅邸在昭和十年(1935年)因市街改正而拆除了第一進部分,改為水泥樓房,而這批樓房在二次大戰時於1945年6月中旬的轟炸中被炸毀。之後在昭和十七年(1942年)時由於日本政府計畫將八角樓改為「伏見宮貞愛親王紀念館」,所以將葉家後代遷走,並拆除第二進部分,於庭中豎立「伏見宮貞愛親王御遺跡鹽水港御舍營所」石碑紀念。該項工程於隔年完工,耗資3萬多圓,平時有士兵站崗,路過民眾須脫帽行禮,騎車者亦得下車以示尊敬。

二次大戰之後,八角樓歸還葉家,紀念石碑則以水泥抹去字跡,後來水泥剝落,字跡因而現出。2010年3月4日受甲仙地震影響,結構受損,需要修復。

(簡訳)
1847年に、製糖業で財を成した葉開鴻と長男である葉端西により八角楼は建設された。

1895年に日本の伏見宮貞愛親王が率いる日本の軍隊が嘉義の布袋から上陸。各地で台湾の義勇軍と戦闘。軍隊が塩水に到着した後は、伏見宮貞愛親王は八角楼を司令部とされた。

日本統治時代の昭和10年(1935年)に八角楼は改修され、コンクリート構造となる。昭和17年(1942年)には、日本政府は八角楼を「伏見宮貞愛親王記念館」とする計画をし、石碑も立てる。当時は、近くを通る民衆は帽子を取り、車に乗る人は下車して尊敬の念を表した場所だそうです。

戦後は、葉家の人が八角楼に戻り、記念碑の字はコンクリートで塗り消されたが、今はコンクリートが剝げ落ちて、字が見えるようになっている。2010年3月の地震で建屋構造にダメージあり、修復が必要となる。


Wikipediaの解説に修復が必要とありましたが、確かに改修工事が行われ、残念ながら建物には入れない状態でした。

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でも、門は閉まっていなかったので、少し中を覗いてみた。


なるほど、これが「伏見宮貞愛親王」が泊まられた場所であるとの記念碑なんですね。日本語なんでしょうけれど、「御」という字の使い方が新鮮です。「御遺跡」 「御舎営所」

台湾のコンビニの日本式の弁当に「御弁当」というのがあるが、まんざら間違った日本語ではないのかも知れないなあとフト思い出した。

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ここまで来ると、中も覗きたくなる。

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葉開鴻には4人の子供がおり、第一夫人の生んだ葉端西。塩水地区の要職を歴任。

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昭和16年(1941年)の葉秋源の結婚時の写真。葉秋源は葉端西の息子であり、葉開鴻の孫にあたる。彼は日本に留学し、のちに塩水で歯科医院を開業する。

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葉秋源の結婚時の一族の集合写真。後ろの八角楼は破壊されている?ようにも見えるので、戦争で爆撃された後後なのかも知れない。

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1947から1948年頃の写真。葉秋源の家族の写真。後ろに立つ女性は葉秋源の妹。日本から帰国して、製糖会社で働いていた時のもの。

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昭和12~16年頃(1937-1941)の写真。葉盛吉(葉端西の4番目の子、葉聡の子)が台南一中に在学していた時に、台南飛行場でのグライダー訓練に参加した写真。

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第二次世界大戦中は塩水も爆撃目標となった為に、家族が疎開した時の写真。

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1946年~1949年頃のもの。葉盛吉が日本から帰国し、台湾大学の医学部に転入した頃に描いたもの。当時のお金持ちの子息は、多くが日本留学しているようです。また当然のことながら、彼らは日本人として育っているので、日本語は完璧です。

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翁鐘五医師は明治29年(1896年)生まれ。大正11年に総督府医学学校を卒業し、台北病院(今の台湾大学病院)で2年間勤務。大正13年に、東大医学部に留学。大正14年に台湾に戻り、塩水で開業。

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翁鐘五医師の家族での記念撮影。

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少し考えれば当然の話ですが、台湾と日本の絡まり合う密接な関係を、台湾の田舎町で実感した。

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Wikipediaの解説で、日本時代に敷設された鉄道の路線が、塩水を外れた事により町が経済的に没落していったことがわかるが、製糖用の軽便鉄道があったらしいので、その跡を探した。

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素晴らしい。駅が残っていました。Wikipediaにも解説がありました。

塩水駅(えんすいえき)は、台湾台南市塩水区にあった、台湾糖業鉄道廃駅)である。台湾語では「塩水」と書いて「鹹水」(キャムツイ)と訓読みする。

  • 1909年5月20日 - 台湾初の糖業旅客鉄道・塩水港製糖株式会社(現・塩水港精糖株式会社)塩水港(えんすいこう)~新営庄(現・新営)旅客取扱開始、終着駅となった。戦後は台湾糖業に接収された。
  • 1913年3月8日 - 当駅~布袋嘴間が延伸開業。
  • 1920年 - 塩水駅と改称。
  • 年月日不詳 - 廃止。駅舎は岸内原料区辧公室になった。

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    実はこの駅には全く期待していなかったので、嬉しい誤算でした。興奮して夢中でシャッターを切った。

    今こうしてブログを書きながら、ネットで関連情報を調べていて大変驚かされました。この鉄道は100年以上前の1909年に「塩水港製糖株式会社」が敷設したものですが、その会社は今でも「塩水港製糖株式会社」として存在しており、何と本社は日本にある日本の会社ではないですか。本当にビックリしました。

    日本の会社なのに、何故か今でも台湾の地名である「塩水」を会社名に冠している理由は不明ですが、そこには何か只ならぬこだわりを勝手に感じます。

    http://www.ensuiko.co.jp/index.php


    会社名を聞いてピンとしませんでしたが、会社のHPから製品を見て、「あっ!!!」でした。パールエースというブランドの砂糖の古くは馴染みありますねえ。知らない間に「塩水港製糖株式会社」の製品を食べて、大きくなっていたようです。


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    塩水の後は、折角なので隣町の新営に寄り道しました。

    ガスを使わずに、もみ殻を燃やして作る「田ウナギ麺」が名物のお店。


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    残念ながら、午前の部の営業時間は終わっていました。 前に一度来たことがあり、私のFBの表紙もこのお店の写真なんです。

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    せっかくですから、別のお店で田ウナギを食べました。

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    ここはガスコンロのお店ですが、美味しいです。

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    新営の次は、麻豆で寄り道。市場ちかくの屋台の臭豆腐。これが旨いんだ。

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    麻豆の友人宅を訪問。彼らは私が「食べ物大好きな変な日本人」と十分理解しているので、近くの市場で買ってきてくれる。美味しい。

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    1985年に私が初めて台湾を自転車旅行した時に、懇丁のユースホステルのドミトリーでたまたま一緒になった台湾人二人。30年以上経った今でも、連絡を取り合う親友です。もうほんとうに有難いことです。

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    台南市内に戻り、少し休憩した後、今度は一人で街歩き開始。50のお店の「阿田木瓜牛乳」


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    友人からは、「あそこは有名になって、金に目がくらんで態度悪い」ので行かない方が良いと聞いていましたが、私の場合は「50のリストの完食」に目がくらんでいるので行かないわけにいきません。単純に木瓜牛乳を買うだけなので店員さんの態度も気になりませんでした。味の方は、甘さ控えめで悪く無かったかな。

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    次は中興街に向かう。

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    行列が出来るアイスクリーム屋。

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    私の目的はここ。50のお店である「泰成水果店」


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    このお店は「メロンの輪切り」で有名で、写真写りが良いのでお客さんのほとんどが注文していました。私は、メロンが量が大きすぎるのと、値段が滅茶苦茶高いので止めにして、パインを頂きました。甘くて美味しいです。

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    この後は、例によってマルやんのお店に向かう。

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    マルやんの妹さんが買っていた鶏排の写真を撮らせてもらう。

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