この日は30年来の台湾の友人が相手してくれた。「どこ行きたい? 」と聞かれたので、バスでは行きにくい「飛虎将軍」の廟とお願いした。

朝の待ち合わせは「マルやんのお店」としていたので、歩いて向かう。

途中で見つけた広告。アルバイトのホステス募集中。

最近は台南でも日本人の女の子が語学留学していたりするので募集があるのかなあ???

時給が$180~$220って、お金の単位はNT$(ニュー台湾ダラー)の事かなあ? それなら安いので魅力ないねえ。アメリカドルなら凄いけど・・・・

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途中の永楽市場の所で朝ごはん。個人的に、ここのオーアジエンが一番好き。

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友人と合流して「飛虎将軍」の廟へ。 第二次世界大戦で戦死した日本軍人が神として祭られている廟が、日本ではなくて台湾にあるなんて、非常に興味深いですよね。

Wikipediaの解説は以下の通りです。

飛虎将軍廟(ひこしょうぐんびょう、正式名称:鎮安堂飛虎将軍廟)は、台湾台南市安南区同安路127号にある民間信仰の廟で日本軍人が神として祀られている。

 

「歴史」

1944年、台湾に配属されていた日本海軍の杉浦茂峰兵曹長(戦死後に少尉昇進)は零式艦上戦闘機三二型に搭乗して台湾沖航空戦に出撃。1012日午前、台南上空で米軍機を迎え撃つも武運拙く撃墜され、落下傘降下中に機銃掃射を受けて戦死した。軍靴には「杉浦」と書かれていて、その後第二〇一海軍航空隊分隊長の森山敏夫大尉の協力で、この飛行士が「杉浦茂峰」と判明した。

第二次世界大戦後、村のあちこちで不思議な夢を見たという噂が広まった。白い帽子と服を着た日本の若い海軍軍人が枕元に立っているという夢を見たという者が、皆に話したところ、同じ夢を見たという者が数人名乗りでた。その後、その海軍軍人が杉浦であり、集落への墜落を避けるため被弾した乗機を操縦して郊外まで飛び、そのために脱出が遅れて戦死したことが判明。自分の生命を犠牲にして村人を救った杉浦を祀るため1971年、落下地点に廟を建設した現在は毎日管理人が朝夕2回、煙草に点火して神像と写真に捧げて、日本の国歌「君が代」、午後は「海行かば」を祝詞として歌っている。


2016
921日には神像が高雄国際空港から成田国際空港を経て杉浦の故郷である茨城県水戸市に運ばれて里帰りを果たし、翌22日には茨城県護国神社で慰霊祭が営まれた。これは、2016年春に廟を訪ねた日本人作家の夢枕に杉浦が立って「水戸に帰りたい」と告げたという話があり、それを受けて廟の管理委員会が神像に伺いを立てたところ「その通りである」との託宣を得たことによる。その後、神像は台湾に戻されるが、同神社には茨城県に関係した軍人・軍属が合祀されていることから、飛虎将軍廟から護国神社に分祀しようという計画もあるという。

 

「主祭神」

・杉浦茂峰 1923119 - 19441012日)

・茨城県水戸市出身。志願兵として乙種飛行予科練に入隊した。19441012日に零戦三二型で米軍機F6Fと交戦し、撃墜され戦死。死後、功6級金鵄勲章と勲7等青色桐葉章が授与された。


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この日は、カメラ好きの台湾人の友人の監督の指導に従い私もエキストラとして頻繁に登場します。私はカメラ好きのくせに、カメラの前で笑えない性格なので出演は苦手なのですが、鬼監督には逆らえません。

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飛虎将軍の前には3本のタバコが供えてありました。

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男前ですねえ。

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一般の台湾の人々がお金を出し合って廟を建て、今でも日本軍人を祭っているという事実に驚かされます。当時の価値観を知らない私にとって日本の植民地政策を肯定することは出来ませんが、正直少し救われたような気がし、台湾への「感謝」という2文字が脳裏に浮かびます。